希望の家 ※2クリア前に書いておきたかった1ED後十苗と何故かいる葉隠の話 どうせ酷いことになっているのは分かりきっていたので希望ヶ峰学園を出てすぐに飛び込んできたその壊滅的な世界に今更動揺はしなかったわけでむしろ腹を括っていた分冷静に景色を眺めることが出来たりしてとりあえず馬鹿のように醜く取り乱したりとか、そういう展開は無かった。しかしそれはあくまで静止物に対する感情というわけで、かつて希望ヶ峰学園の校庭だった荒れ地に集う無数の生きた人間達から溢れ出す悪意やらなんやらそれこそモノクマもとい江ノ島の言っていた絶望という類の感情とかそういうものの存在を、まあ予期していたかどうかと問われれば正直に言って完全に忘れていた。 つい先程まで行われていた学級裁判そして俺たちの奇妙でそれなりに刺激的な共同生活は電波ジャックにより世界中に配信されていたわけで、俺たちが記憶を抜き取られたばかりの監禁初日にその映像を見た「希望の残滓」達が学園に駆けつけたところを炎で炙られ一網打尽にされたというのが話として聞いて得ていた情報だ。つまり外の世界の人間たちは見ているのだ。俺たちが江ノ島を処刑し外の世界へ出ていこうと扉の前でちょっとした馴れ合いじみた会話を交わしているところまで知っているのだ。そうして扉の向こうへ歩きだした俺たちが目にしたものは江ノ島の言った通り見るも無残に破壊され尽くしスモッグやなんやらで灰色に染まった分厚い雲が覆う光のない空と世界だったわけだが、まあ重ねて言うことになるが、それはもう想定の範囲内だったので置いておく。今俺たちが直視すべき問題は少なくともそういうことではなかった。 荒れ果てた校庭には人、人、人……老若男女肥満ガリチビ高身長、とにかくありとあらゆる人間が一様に狂った表情を浮かべながら殴り合い蹴り合い噛み付き合い殺し合っていた。自分達がここ数日の間希望ヶ峰学園内で繰り広げていた人間の感情だとかが妙な複雑さで入り混じって展開される殺人事件とは全くの真逆の、謂わば秩序なき純粋な殺し合いだった。 十神財閥の超高校級御曹司である、あまりにも聡明な俺は瞬時に悟った。これは希望と絶望の戦争だ。希望の残滓を一人残らず絶望に染めるため江ノ島循子は俺たちの殺し合いを世界に配信していたという。それを助けようとした希望の残滓は江ノ島循子の手回しによって焼き尽くされたわけだが、今や江ノ島循子は死んでしまった。俺たちは確かに見た。笑顔で鉄塊に潰された江ノ島の最期を。 そんなわけで俺たちは晴れて学園の外に出られたわけだが、何度も言うがその様子は全国に生中継されていたわけである。 超高校級の俺たちはあの状況で分かりやすい絶望になることもまたは希望になることどちらも可能だった。結果として希望は絶望に打ち勝った。しかし、人類史上最悪の絶望的事件の時に絶望に染まることがなかった人間がいるのと同様に、俺たちの卒業という希望的展開をテレビで目にしたからといって全ての人間が希望に染まりきるわけではないのだ。世界の物事は必ず表裏一体となっており、表があれば裏があり、希望があれば絶望がある。同じではないものが必ず存在する事実があるからこそ世の中からは永遠に争いは消えないし、また相対する存在を消そうという意思が働く。絶望が希望を消そうとするのと同様に、希望は絶望を消そうとする。そこに単純な善悪などは存在しない。 そういうわけで、絶望に染まった人間は希望の象徴である俺たちの帰還を目にした瞬間、俺たちを消さなくてはならないと考える。希望もまた、そうして絶望達がこの校庭に集まることを想定し、集う。そうして希望ヶ峰学園校庭に集まった様々な姿をした希望と絶望が、俺たちの知らないところで勝手に戦争を始めていたというわけだ。 と、ここまで希望ヶ峰学園を出て目の前の惨状を目の当たりにしてから1.5秒。 扉から現れた俺たちの姿を確認した瞬間、戦争をしていた希望と絶望両者の間に一瞬の静寂が訪れる。しかし、その一瞬が終わった時。 希望かも絶望かも分からない人間の群れが、俺たち目掛けて一斉に走り寄って来た。 それはあまりに攻撃的な力の波だった。明確な殺意がこちらに向かって押し寄せてくる。絶望が超高校級の生き残りを殺そうと向かってきているのと、そいつらを止めようと希望が新たな暴力を繰り出すのが重なり、学園内とは別の意味の異常がただ事実として目の前に存在する。そしてその事実は一秒の躊躇もなく俺たちに向けてなだれ込んでくる。 呆然としている暇もない6人の中の、誰かが声を張り上げる。 「逃げろーーー!!」 その声の主はもしかしたら俺だったかもしれないし、或いは他の誰かだったのかもしれない。そんなことは今どうでもいい。伝染した暴力がただ俺たち目掛けて押し寄せる。しかし死ぬわけにはいかなかった。 声に従う。俺たちは一切の考えもなく、ただ我武者羅に地面を蹴った。ヘキサゴンでも作ろうとしているかのように、俺たちは完全に別方向へ逃げた。無意識だった。 迫り来る波をどう回避したかは覚えていない。ただ走った。戦うとか立ち向かうとか、もうそういう次元の問題ではなかった。逃げて逃げて逃げて、暴力の波から逃げ切った頃に、ひとり立ち止まり、ふと携帯を取り返し忘れていたことを思い出す。辺りを見渡すと、ほとんど廃墟と化した町並みだけが広がっている。 そうして、俺たち超高校級の高校生の生き残り達は散り散りになった。 あの逃走劇から2ヶ月。俺は仮住まいにしている部屋でパソコンのキーボードをカタカタ叩きながらコーヒーを啜っていた。 めちゃくちゃになった世界というものにも必ず大なり小なり秩序が存在する。常識やら権力やらコネやらが通用する穴というものがあって、超高校級の御曹司であり超高校級の完璧である十神家最後の生き残りである俺はその穴目指して糸を通し、このめちゃくちゃな世界で独自のネットワークを展開する。 俺はもう町を歩いていても無闇矢鱈に殺されかけるようなことはなくなっていた。そもそもあの逃走劇が起こった日、超高校級の俺たちが絶望に狙われたのだって奴らが配信された生中継を見て希望の存在に恐れをなしたからだった。しかしあれは実際俺たちの中の希望が苗木の影響で瞬間的に膨れ上がっただけの話であり、そもそも希望は誰の心の中にでも存在しうるものなので、超高校級の才能を持っているだけの俺たちから発信される希望自体はそんなに重要なものではない。希望は簡単に絶望と入れ替わることが出来る。それはあの共同生活を経験した時に嫌というほど体感出来た。俺自身、あの生活を悲観していたわけではなかったのだが、まあとりあえず、事実として。 とにかく俺たちの中に潜む「希望」を数値化したとき、その数値は実際大したものではないのだ。そういうことを本能で理解しているのか、あの脱走劇の日から3日もすれば、少なくとも俺の命を狙うような人間はいなくなった。恐らく他の超高校級の生き残り達も同じだろう。まあ、まだ命を狙われていた3日間を無事でいられたかどうかは知らないが。 とにかく、無闇矢鱈に命を脅かされるような危険はなくなり、俺たちはこの世界に生きる希望派の人間と同じラインに立ったというわけだ。 ある一人を除いては。 「希望の家……」 パソコンの液晶画面を眺めながら小さく呟いた声が室内に響く。いつの間にか冷めていたコーヒーがまだ半分ほど残っているカップをソーサーの上に置き、画面の中の情報に集中する。 現在、世界は希望派と絶望派に二分されており、希望の家とは、一部の希望派が集まり創り出した宗教団体だった。問題なのは希望の家が信仰している人物が「超高校級の幸運」改め「超高校級の希望」、苗木誠だということだ。 それぞれの額出た能力を未来への希望だと喩えられていた俺たちと違い、苗木は存在そのものが「希望」だった。江ノ島循子との最終決戦となったあの学級裁判を見ていた人間なら分かるだろうし、実際にその場に居合わせた俺たちは奴の中の希望という姿の見えないものに完全に圧倒されていた。この俺でさえも。苗木誠の能力は他の超高校級の生徒達とは違い、他者を巻き込んで展開する。それは他のどんな能力よりも「世界」というものにダイレクトに影響する。 俺は苗木に対して他のメンバーに向けるものとは違う、ある種の特別な感情を抱いていた。俺のような人間が、あんな何の特徴もないような一般中の一般人に劣るはずがないのに、どういうわけか学級裁判が終わった後はいつも、俺は劣等感のような気持ちに蝕まれていた。 苗木。 一度、あいつに俺の下で一生働かせてやるという選択を提示したことがあった。試したのだ。苗木は俺のありがたい誘いを断った。俺は内心その選択を喜んでいた。本当に、心から。 何度も言葉を交わす内に、十神クンとは分かり合えない、と苗木は言った。当然だ。俺と苗木では環境も才能も何もかもが違うのだ。生まれた世界が違う。 もしも俺と苗木が分かり合う日が来るのだとしたら、きっと俺は苗木という存在そのものに全ての興味関心を失うのだろう。そんな確信があった。 「さてと」 ふう、とひとつ呼吸を吐き出してから、開いていたノートパソコンを閉じる。それを外出用のケースにしまいこんで、椅子から立ち上がる。黒いコートを軽く羽織ってから、部屋を出た。外には相変わらず分厚い雲がずっしりと浮かんでいて、視覚出来るほど空気が悪くなった世界を歩く。 車掌も乗客も誰ひとりいない路面電車に乗り込み、前へ進むたびに響く断続的な振動に揺られながら、ぼんやりと外を眺める。荒廃した町に人影は少なく、気味の悪い静けさが満ちていた。時々、道端に折り重なっている死体らしき肉の塊がなんとなく視界をかすめて、僅かな特徴を苗木の存在と照らし合わせる。勿論、それらは赤の他人の骸であり、苗木誠とは関係ない。自分にはそれが分かっていた。苗木誠は生きている。 電車を何度か乗り継ぎ、数分の距離を歩いた先に、十神が目指した場所はあった。 「ここか」 どう考えても人が住んでいそうもない、廃墟化したマンションばかりが立ち並ぶ住宅街。その内の建物のひとつの中に侵入し、頭の中にインプットした情報を頼りにしながら12階を目指して階段を上る。エレベーターは壊れているので使えない。 12階まで上ると、今度は奥から2番目に位置する部屋の扉の前まで歩く。そこ以外の扉は壊れていたりひん曲がっていたりと、いつか希望ヶ峰学園の寄宿舎2階で見たロッカールームの光景を思い出すような有様だったが、俺が立っている前にある扉は、かろうじて扉としての役割を失ってはいなかった。 俺は手始めにインターホンを押す。そして数秒待つ。反応はない。もう一度押す。待つ。やはり反応はない。 そうして、扉を蹴りつけ、怒鳴る。 「おい、いるんだろう! 開けろ!」 周囲に住民がいれば騒音問題にでも発展しそうな音がそこら中に響いたわけだが、こんな場所に目的の人物以外が住んでいるわけがなかったので問題はない。 少しの間のあと、部屋の中からバタバタという足音が聞こえてくる。そして止まる。のぞき窓でこちらを覗き込んでいるとしか思えない空白のあと、勢い良く扉が開いた。 そうして現れたのは、俺が思い描いていた特徴の少ない童顔の男で……。 「やっぱり十神っちだべやー!」 ……ではなかった。 俺はとりあえず、現れた男に蹴りをかました。男は衝撃を受け流すことも出来ずに後ろに向かって倒れた。 「ひ、ひどいべー!」 「黙れ……どうしてお前がここにいるんだ」 「それはこっちの台詞だべー!」 こちらの質問に答えようとしない倒れたままの男を睨みつける。男はヒィ!っと息をのみ、恐れをなしたのかバタバタと部屋の奥へと四足歩行で逃げていった。俺は一度舌打ちをしてから土足でその後を追う。 部屋の隅に追い詰められた男は、涙と鼻水を垂れ流しながら、殺さないでくれー!と叫んでいた。それほどまでに、俺の瞳は狂気に満ちていたのだろうか。まあ、今そんなことはどうでもいい。 「苗木はどうした」 俺は簡潔に問う。そう、ここで苗木誠が生活をしている事実を俺は知っているのだ。知っているからこそ、こんなにも力強い声で問うことが出来る。 苗木誠の行方を俺は独自のネットワークで見つけ出した。そうして割り出された場所がこの廃墟となったマンションだった。 苗木誠の存在は公にするべきではない。理由はあいつが「超高校級の希望」であることに他ならなかった。 「希望の家」は苗木という希望を信仰することにより、着実にその勢力を伸ばし続けている。かつては絶望に染まった人間の一部さえも取り込んで、希望派は絶望派を上回る勢いで急成長しているのだ。そんな希望派の「希望」そのものである苗木を絶望派が放っておくはずもなく、裏では苗木誠をどう始末しようかと絶望派が常に目を光らせているというわけだ。 つまり、超高校級の生き残りの中で、苗木だけが未だに理不尽に命を狙われる立場にあるのだ。希望そのものである苗木が死ねば絶望は再び希望の勢力を上回るだろう。苗木ごときにそんな影響力があるのかと思うと胃の中がムカムカするような気分にならずにはいられないのだが、まあ事実なので仕方がない。 絶望が希望を食い殺す。それは避けなくてはいけない。絶望が希望を上回るということは人類の歴史に終止符を打つことと同義だ。俺たちは生きていかなくてはいけない。そう決めたのだ。そして俺のようなエリートには同じ意志を持つ愚民を導く義務がある。なので苗木を殺させるわけにはいかない。俺が苗木と再びコンタクトを取ろうとしたのはそのためだ。 しかし、苗木が住んでいるはずだったこの場所には、一応、超高校級の占い師として希望ヶ峰学園に入学した、実際は超高校級の馬鹿である葉隠しかいなかったのだ。 「どういうことだ」 「な、何が!?」 「うるさい。聞かれたことにだけ答えろ愚犬が。もう一度聞く。苗木はどうした」 「な、苗木っちならえーっと、多分もうすぐ……」 一度時計を見た葉隠が急いで言葉を続けようとした、その時だった。 「ただいまー」 「な、苗木っちー!」 玄関の方から聞き覚えのある幼い声が聞こえてきた。その瞬間、俺の横をすり抜けて、葉隠が助けを求める犬のように走り出す。そうして俺の視界から外れた場所で、自分以外の二人の会話が繰り広げられるのをとりあえず黙って聞いた。 「ごめんねー仕事ちょっと長引いちゃって。すぐにご飯用意するから」 「そんなこと気にしないでいいべ! いつもありがとう! い、いやそれより、助けてくれー!」 「え、どうしたの葉隠クン」 パニック状態の葉隠を訝しんでいる苗木に、俺はようやく声をかける。 「苗木」 「……え、十神クン!?」 苗木は自分の足に縋り付いている葉隠をそのままに、俺の姿を見て想定内過ぎるありきたりな驚いた表情を浮かべた。俺はフンと鼻で笑ってから、口を開く。 「危機管理能力が足りないのか、お前は。何を余裕で外なんか出歩いているんだ」 「き、危機管理能力?」 「分からないのか、愚民め」 呆れたようなため息をこぼすと、苗木はえっ、えっ、と頭上にクエスチョンマークを飛ばし始める。つくづく物分りの悪い。学級裁判の時のあの感覚はどこへやってしまったのだ。 「……まあいい。こんな状況でどこへ行っていたんだ、お前は」 「どこって、そりゃあバイトだけど……」 「……何?」 その言葉を聞いて、俺は信じられないようなものを見る目を苗木に向ける。 バイトだと? 「何故だ」 「えっ、なぜって、そんなの仕事しなきゃ収入がないんだから……ご飯が食べられないじゃないか」 「そうだべ! なんで十神っちはそんな当たり前のことを聞くんだべ!」 御曹司は僕たちとは価値観が違うのかな、なんて目をしながら苗木とその苗木の足に縋り付いている駄犬は言う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。苛立つ心はそのままに、俺は再び口を開いた。 「苗木、お前、自分の命が狙われているという自覚がないのか」 「え、命?」 苗木は首を傾げる。どうやら本当に理解していないらしい。俺は柄にもなく呆然とする。 「希望の家を知らないのか、お前は」 「希望の家?」 「なんだべそれ。誰の家だべ」 「お前は黙っていろ駄犬……いや、そもそもお前はどうしてここにいるんだ」 希望の家の存在を知らない苗木にも驚いたが、とりあえずの疑問を解消しておくため葉隠に問う。 葉隠は、苗木の足に縋り付いたまま言った。 「そんなの、希望ヶ峰学園から逃げて来たとき、苗木っちとばったり会って、危険を回避するためにも一緒に住もうってことになったからに決まったからだべ」 苗木が、葉隠の言葉に付け足す形で口を開く。 「いやだって……あんな状況で葉隠クン放っておいたら、絶対にひとりで生きていけないだろうし……」 「……だからと言って、追手のいなくなった今、葉隠と共に暮らすメリットはないだろう。見たところ、お前は働きに出て、食事を作っているようだが、その男は何かやっているのか?」 「無職を馬鹿にしたらいかんべ!」 葉隠が清々し声音で言う。なぜか苗木の方が、バツが悪そうに口を開く。 「なんか一緒に住んでる内に情が移っちゃ……」 そこまで言いかけて、苗木は慌てて言い直す。 「じゃ、なくて、あんな絶望的な状況を一緒に乗り越えてきた仲間なんだよ! 協力し合って当然だよ!」 「……お前今、葉隠を拾ってきた犬猫のように扱っている自分に気が付いて咄嗟に言い直しただろう」 「そ、そんなんじゃないよ!」 ギクー!という擬音を背後に浮かべながら苗木は大量の冷や汗をかいていた。分かりやすいやつだ。 「……仕方がない」 ここまでの会話で、苗木はどうやら希望の家の存在さえも知らないことが分かった。当然、自分が絶望派に暗殺計画を企てられていることも知らないのだろう。だから呑気に外で仕事なんか出来るのだ。 俺は持参した黒いケースを、苗木たちがテーブルとして使っているらしい木箱の上に置く。そして、その中からノートパソコンを取り出して、設置した。あとはその辺りにあった適当な座布団を敷いて、腰掛けた。ふう、と一息つく俺に、苗木が怪訝そうな声で名前を呼ぶ。 「あの、十神クン……?」 何を聞かれるのかは分かっていたので、先手を取る。 「今日から俺はここに住む」 「……えっ!?」 「んな、なんでだべー!?」 動揺を顕にする二人など気にすることもなく、俺は言葉を続けた。 「それと苗木、お前は明日から仕事に行くな。この部屋にいろ」 「なっ、なんで!」 「仕事には葉隠が行く」 「なに勝手に決めてるんだべー!?」 「そ、そうだよ! 第一葉隠くんが占い以外の普通の仕事でお金を稼ぐなんて無理に決まってるよ!」 「その通りだべ!」 「黙れ。これは決定事項だ」 俺の有無を言わさぬ声に、苗木、ついでに葉隠はただ呆然としている。そして俺は、言う。 「苗木。お前は死なせない」 「………」 苗木は、何がなんだか分からないような表情を浮かべたまま、ぽつりとこうこぼした 「十神クンが何を考えてるのか、全く理解できないよ……」 それは、あの希望ヶ峰学園で、苗木が俺に向かって一生分かり合えないと言った声音と同じような響きで、俺の鼓膜を揺らした。俺は唇の端を釣り上げるようにして笑った。 俺たちは分かり合えない。永遠に交わらない平行線のように。だからこそ側にいる。それでいいんだ。ああ、絶対に。 |