コラージュ


※PASH!の月カネ添い寝ポスター、寝転がる月山(服はだけ気味)と冷静に座るカネキくんの図があまりにも月山作のコラ画像過ぎて書いたSS



きっかけというか、綻びというか、まあとにかく、言ってしまえば「被害者」である立場のカネキ本人がそれに気が付いたのは、恐らく完全に偶然の出来事だったはずだ。
何らかのスパイスを求めた月山の罠でない限りの話ではあるが。
そんなわけで、カネキが月山の携帯の画像フォルダを覗いてしまったのは、カネキの望んだところの話ではなった。

「月山さん、メールで言ってた例の……悪い喰種の分布図、見せて下さい」
「ああ、それなら申し訳ない。ちょっと時間が無くて印刷してないんだ。僕の携帯に画像のデータが入っているから、それを直接見て貰えるかな」

自分の携帯を勝手にいじれと云う旨の言葉を発する月山は、現在アジトのキッチンで、持参した肉を切り分けている最中だった。そして、月山の傍にはヒナミがいた。カネキ組の紅一点であるヒナミは、どこか期待するような目で月山のことを見上げながら「花マン、ヒナミお腹すいた……」と、微妙によだれを垂らしている。
カネキは現在、月山の加護の下で生きていた。
そして、それはカネキについて来ると言ってくれた万丈、イチミジロサンテ、ヒナミも同様だった。
住居やそこで必要になる費用は勿論、人肉しか口にすることが出来ない喰種の食事さえも、月山の支給によって賄われている現状であった。
そして、月山が持ってくる肉は美味だ。その事実をヒナミは知っている。美味しいものを目の前にして興奮を抑えられる者は少ない。ヒナミも例外ではなかった。
今でこそヒナミは、月山が訪問してくる=美味しいものが食べられる、と思ってしまっている節が少なからずあるようだった。
現に、今も月山が持参した肉を自ら調理しようとしている傍らで、今か今かと涎を垂らして待っているのだから。
ヒナミが食事を期待している。肉を調理する月山は手を離せない。
カネキは視界に映る光景を見て、諦念のような気持ちで理解した。ヒナミが腹を空かせているのならば、それをなんとかするのが自分たちの最重要事項だ。カネキはヒナミに甘かった。そんなわけで、必要だった資料を見るために、カネキは月山の携帯の画像データを勝手に遡ることになったのだ。
月山の携帯にパスワードは設定されていなかった。不用心だな、と思いながらも、カネキはそれを操作して、目的の画像を探す。
しかし、現在カネキの求めている物以外の画像が、ふいに目に入ってしまった瞬間。
カネキの思考回路は、瞬時に停止した。

「……ん?」

初めに感じたのは、違和感。何かがおかしい。そう思って、カネキはサムネイル化されているその画像を、本人の許可なしに原寸サイズに拡大した。
そうして、その違和感は純粋な疑問に姿を変えたのだ。

「ちょっと、月山さん!?」

カネキの目に映った、その画像。
拡大されたそれを画面いっぱいに映し出しながら、カネキは携帯の持ち主である月山に詰め寄った。

「なんですか、この画像!?」
「あっ」

肉を切っていた月山は、カネキがかざした携帯の画面を見た瞬間、あからさまに「しまった」という顔をした。それを見てカネキも、この画像が見られたらまずいものだということを理解する。月山を糾弾する声にも熱が籠るというものだ。

「こんな写真、僕は撮った覚えないんですけど!」

カネキが携帯片手に熱く月山を責めていると、騒ぎを聞きつけた万丈、イチミジロサンテの四人が「何事だ?」という顔でぞろぞろとキッチンへとやってきた。

「どうしたんスか、カネキさん」
「また月山さんが何かやらかしたんですか」

いろいろと理解の早い万丈の部下だ。万丈本人はというと、未だ「どうしたカネキ?」とカネキの激昂自体に疑問を抱いておろおろしている最中である。
とりあえず、カネキは「どうせまた月山が何かをしたに違いない」と確信しているイチミジロサンテに、自分の困惑の原因である形態の画像を見せ、現状を説明した。

「月山さんの携帯の画像フォルダに、見覚えのない僕の写真があったんです」

そう言ったカネキに、イチミはまず「ただの盗撮じゃないっスか?」と返した。
ただの盗撮、という言葉の異常性には触れないスタンスのようだが、カネキもそんなことを気にしている場合ではないようだった。イチミの言葉を受けながらも、「違うんです」と再び口を開く。

「この画像、月山さんと僕が一緒に写ってるんです。こんな写真を撮った覚えは僕にはありません!」

イチミジロサンテ、そして万丈は、カネキの差し出す携帯が映し出す画像を改めて見つめた。
そこには、どこかのグラビアよろしく、ポーズを取りながら寝ころぶ月山と、マスクを着用して座り込むカネキの姿が、並んで映し出されていた。
所謂、ツーショットというやつだ。
月山のリラックス具合と、カネキの厳かな雰囲気が妙にマッチしていないことを覗けば、それは同じ空間で撮影された、何の違和感もない普通の写真のように思えた。
しかし、カネキは畏怖さえも感じられるような表情で叫び続ける。

「僕、こんな写真撮ってないです!」
「カネキくん……」

自分の知らない過去が、確かな形として目の前に存在している。その事実に柄にもなく取り乱すカネキの肩を、他でもない諸悪の根源である月山が、労しそうにそっと抱いた。

「カルマート……そんなに興奮する必要はないよ。君がこの画像に恐怖を抱くことなんて何一つないんだから」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」

カネキがグイグイと月山の首を締め上げる傍ら、その流れで月山の携帯を手渡されたイチミは、数秒ジッと画像を観察し……そして、「あ」という声と共に、悟った。

「これ、合成画像っスね」
「へ?」

未だ月山の首を掴んで離さないカネキが、首の動きだけでイチミを振り返る。
イチミは言葉を続けた。

「所謂、コラ画像ってやつっス」
「コラ……?」

首を傾げたのは、カネキ、ヒナミ、そして万丈だった。
疑問符を浮かべているメンバーのために、イチミは説明をする。

「別の画像を切り貼りしつつ組み合わせて、一枚の画像を作り出すことっスね。この画像なら、寝転がってる月山さんの写真に、どっかから引っ張って来たカネキさんの画像を合成してるんじゃないですかね」
「合成……」

そのワードに、ようやくカネキはピンときたような表情を浮かべた。
つまり、カネキ本人に覚えのない、この月山とカネキのツーショットは、月山によって作成された合成画像というわけなのだろうか。
事実をぼんやりと理解し始めたカネキの脳には再び酸素が回り始め、思考回路が冷静さを取り戻す。
そうして、ようやく握りしめていた月山の首を手放した。解放された月山は、すぐさま酸素を貪るように荒い呼吸を繰り返す。

「そっか……ただの合成写真か」

そこまで理解できたカネキは驚くほどに冷静だった。自分の知らない過去が存在しないという事実だけ分かれば、精神の安定を取り戻すには十分だったのだ。
そうして今度は、合成写真そのものに興味を抱き始めるカネキだった。

「改めて見るとすごい。本当に二人で写した写真みたいだ。僕、完全に騙されてましたもん」
「ノンノン、カネキくん。そんな画像に感心する必要はないんだよ」

酸素を十分に取り入れ、光の早さで復活した月山が、懲りずにカネキの肩を抱く。カネキは一瞬の内に月山に右アッパーをお見舞いし、縦方向に飛んだ月山に対して空中で三発の蹴りを打ち込んだ。
気安く触らないで下さい、と言い放つカネキに、ゾンビか何かなのか、月山はまるでめげる様子を見せないまま、「つまりね、」と言葉を続けた。

「その画像は僕が作った君とのコラージュの中でも初期段階のもの……今ではもっとクオリティの高い画像を作っているというわけさ!」
「うわあ」

月山の発言にドン引きしたのはイチミジロサンテの三兄弟だった。
カネキ、そして万丈とヒナミは、月山の言葉をあまり理解できていないような表情でポカンとしていたのである。

「クオリティ?」
「そう。その画像に漂う僕とカネキくんの空気感……バンジョイの舎弟くんである彼に見破られてしまうくらいには、不自然なところがあるだろう?」

疑問符を浮かべるカネキに、月山は自らコラージュ画像のアレソレを語りだす。カネキ本人に自分の行いをドヤ顔で告白するなんて、自殺願望でもあるのだろうかと、他人事のようにイチミジロサンテは冷めた目で思う。
そんな外野の感情を知りもしない月山は、得意げな表情で話を続ける。

「しかし、現段階でコラージュに関する様々な技術を身に着けた僕なら、もっとナチュラルに! もっとドルチェに! カネキくん僕との美しい歴史を刻んだ写真を作り出すことが出来るんだよ!」

そう言って、月山はイチミの手から自分の携帯を勢いよく奪い返した。そうして、画像フォルダの中から、最近作ったものと思われる写真を、皆の前に自ら提示してきたのであった。

「見たまえ! 美しい絵画のような雰囲気さえ纏うこの画像を!」
「うっわ……」

またしても、ドン引きしたのはイチミジロサンテだった。
月山が見せてきた画像。
それは、月山とカネキが一糸纏わぬ姿で、波打つ白いシーツの上で抱き合っているというありえないものであった。
確かにこれはコラ画像としては相当技術点の高いものになるだろうが、そこに使われているモデルと直接の接点を持つものからしてみれば辛すぎる。どうして知人の男二人がシーツの上で愛し合っている捏造画像を見せられなくてはいけないのか。イチミジロサンテは、純粋に引いた。ドン引きした。
そして、その捏造画像に対する感情として、被害者であるカネキ本人も、自分たちと同じ世にドン引きし、再び制作者である月山の首を絞めるものだと、当然のように信じ切っていたイチミジロサンテであった。
しかし。

「……月山さん」
「ん?」

コラ画像を見せられたばかりのカネキは、意外にもどこか冷静な声で月山の名前を呼んだ。予想していた暴力も、今の時点で振るわれる様子がなかった。
予想と異なる現状に、どこかキョトンとしているイチミジロサンテの傍ら、カネキは何故か……世紀の大発明をした科学者のような顔で、月山の目をじっと見つめ、そして。

「僕の部屋に来てください」
「へ?」

月山の両手をギュッと握り、そのまま、自分の部屋へと導いていったのであった。
これには、カネキ以外のその場にいた者すべてが、ポカーンと口を半開きにするしか出来なかった。カネキに引っ張られていく月山でさえもそうだった。
やがて、カネキに連れていかれた月山の姿が消え、キッチンには残されたものの醸し出す妙な静寂だけが残っていた。
そうして、最初に口を開いたのは、未だにまな板の上に放置された肉を見つめて涎をたらす、ヒナミだった。

「花マンが切ってくれたから、あとは焼くだけで食べれるかな、このお肉」

どうやらヒナミは本当にお腹が減っているらしい。その言葉に、ハッとしたような万丈が、微笑みながら口を開く。

「おう、オーブンで焼くぐらいなら俺にも出来るぞ。カネキの分は残しといて、とりあえず俺らは飯にしようか。な、ヒナちゃん」
「うん!」

そんな二人のやりとりを見ている内に、イチミジロサンテの心にも、食欲というものがふつふつと湧き上がり始めた。
とりあえず食べよう。月山さんに関しては、カネキさんがついていれば大丈夫だ。多分。
そうして、カネキの部屋へ消えた二人のことはひとまず横に置いていおき、アジトで暮らすメンバーたちは、月山の持ってきた肉を焼いて食うことに集中しようと決めたのであった。


カネキの部屋から、月山のものに違いない絶叫が聞こえてきたのは、その数時間後のことだった。

「もう勘弁してくれたまえカネキくん!! こんな作業、僕の美意識では耐えられない!! いっそ殺せ!!」
「何言ってるんですか月山さん。これは単なる合成写真ですよ。僕はあなたの技術力を買ってるんですから。ほら、次は力道山でお願いします」

カネキの部屋に連れ込まれた月山は、カネキが望むまま延々とカネキの首から上の画像と、筋肉隆々の格闘家達の下半身をコラージュで組み合わせる作業を強制されていた。
そうして出来上がったものは、幾枚もの合成画像であり、全ては筋肉質な体にカネキの顔、という月山の美意識に反する悪夢以外の何ものでもなかった。
ストレスで死にかける月山とは対照的に、カネキは今まで見せたことも無いような楽しげな笑顔を浮かべながら、月山の手によってつくられるマッチョな身体の自分、という合成写真を眺めていた。

「ああ……やっぱり思った通りだ……僕はこんな体にずっとなりたかったんだ……これなら童顔だとか永遠の中学生だとか言われることもないはずだ……ハァン……」
「もう……もう嫌だ!! 合成画像を作っていたことは謝るから!! もう解放してくれたまえ! 僕は今のままの君が好きだよカネキくん!!」

月山の必死の告白も、うっとりするカネキの耳に届いている様子はなかった。
ズタズタになる月山の美意識。これはもう殆ど拷問の域に近かった。彼の髪の毛が真っ白に変わってしまう日も、そう遠くないのかもしれない。


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煙か土か食い物



喰種は人間を食べる。食べられれば人間は死ぬ。喰種に食べられ死んだ人間の最期は「食べ物」だ。
喰種に食べられる以外の人間はどうだろう。焼かれて煙になるか、野垂れ死ぬなり埋められるなりして土に還るか。
それだけだ。喰種だって同じだ。カネキは喰種を食べる喰種だ。だから人間も喰種も、やっぱり最後は煙か土か食い物であることに変わりないのだ。

カネキは真冬の火葬場にいた。
長い煙突からもうもうと吐き出される白い煙が天へと昇りやがて消える。薄曇りの空と同化する煙。カネキは一筋のそれの行方をぼんやりと眺めていた。
これは誰のお葬式だろう。
瞳に映る喪服の群れと一定の距離を置いてその場に参列するカネキは知っていた。この葬式は月山習を弔っているのだ。
かつてカネキが見ていた月山のからだは燃やされ灰になりそして煙へと変わり天へと昇っていった。
月山だった煙を眺めながらカネキは考えた。あの人どうして死んだんだろう。その答えは誰にも分からなかった。何故ならこれはまだ見ぬ未来をカネキが勝手にイメージし映像として繰り広げ入るだけの夢なのだから。
そう、これは夢だ。
カネキは今、穏やかな眠りの中で月山が火葬される夢を見ている最中だ。
だけどカネキ本人は、これが夢なのだということにまだ気付くことが出来ていない。
カネキは自分の体を見下ろす。かつて月山がデザインし鼻息荒く贈って来たバトルスーツに身を包む肢体。全身が真っ黒なので、喪服の代わりになると思って着て来たのかもしれない、と非常識なことを当然のように考えて納得する。流石は夢だ。何でもありなのだ。ぴちぴちの黒スーツで葬式に参列しようが疑問も違和感も覚えない。

(そうかあの人死んだのか)

煙は冬の乾燥した空気と混じり合い、境目を失い消えていく。
カネキの生きてきた歴史の中で、良くも悪くもあんなに個性的な男はいなかった。
いつもカネキに付き纏い、君を守る剣だのなんだのいいながら、いつだってカネキの肉を狙っていたのだ。だからカネキは月山への警戒を怠ったりはしなかった。
……と、少なくともカネキ本人は思っていたはずだったのだが。
カネキは月山の死を、感情の制御が効かない夢の中で確かに悲しいと感じた。
それを悲しいと感じたその時から、カネキの感覚は最早麻痺していたのである。
月山は過去に酷いやり方でカネキを食おうとした。今だってその気持ちを抱きながら自分に近付いているに違いないとカネキは信じていた。信じなくてはいけなかった。自らを犠牲にしてでも守らなくてはいけない存在のために。
それでもカネキは、月山がもう二度と自分の前に現れないのだという事実が、驚くぐらい純粋に悲しかった。

カネキは薄曇りの空を見上げる。月山は煙になった。ゆらゆらと漂うそれがカネキに向かって歯の浮くような台詞を吐くことはもう二度とない。
月山は死んだのだから。


目を覚ましたカネキは泣いてなどいなかった。ただ、口の中がひどく乾燥していた。
ベッドをそっと抜け出し、夜の闇の中を電気も点けずに感覚だけで歩いていく。そうして辿り着いたキッチンで、コップ一杯の水をごくごくと飲んだ。渇きが潤されていくような気がしたし、そうでないような気もした。カネキはもう一杯水を飲む。ごくごくごくごくごくごくごく。夜は永遠に続くような気がしたけれど当たり前だがそんなことはなかった。カネキは水を二杯だけ飲んで再びベッドへ潜り込み、今度は人間だった頃に食べたラーメンを美味しそうに食べる夢を見た。月山が死んで煙になるよりも悲しい夢だったな、と朝になって目覚めたカネキはそんなことを考えた。それが殆ど強がりなのだということには気付かないふりをした。



翌日、カネキが一人で稽古に精を出しているところに、煙ではない月山習はやって来た。

「やあカネキくん。随分と激しい特訓をしているね」
「……月山さん」

昨夜の夢を思い出し、カネキは「どうしてこの人は生きているんだ?」と一瞬ではあるものの確かに不思議な気持ちを抱いたが、当たり前だ。あれは夢なのだから。月山は現段階ではまだ生きている。生きて自分たちに投資をしてくれている。月山に死なれては困る。それは単純にカネキが生きて目的を遂行するためのシステムからくる感情だとカネキは信じている。

「どうしたんだい? 何か悩みでも?」
「……!」

燻る複雑な感情は知らず知らずの内にカネキの表情を陰らせていたのだろうか。それとも、この月山という男が他人の心の機微に敏感なだけなのだろうか。そんなことを考えてから、恐らく後者であることはないだろうなとカネキは勝手に自己完結した。
月山程、相手の感情を読み取ることの出来ない男もいない、とカネキは彼を評していた。それは月山の独特な家庭環境がそうさせたのかもしれないが、だからといってカネキにどうすることも出来はしない。良くも悪くも月山は既に月山として完成されてしまっている。今更「空気を読め」と矯正することは難しいだろう。
それならやはり、自らの表情が平静を装えていなかったとしか考えられないので、カネキは自分自身に不甲斐なさを感じて苛立った。
あれは夢だ。月山は生きている。
ふう、とひとつ呼吸を吐き出してから、カネキは意識的に作ったポーカーフェイスで、月山を真っ直ぐに見据えながら、言った。

「月山さん、ちょっと稽古に付き合ってくれませんか」
「勿論さ!」

一も二もなく月山は即答した。上着を大げさに脱ぎ捨てて、ウキウキするような表情で赫子を繰り出し始めている。
カネキは冷静に息を吐く。興奮を隠せぬ様子で距離を詰める月山をじっくり見つめることを止めない。そうして、攻撃の軌道を読み、目先5ミリほどの距離で、彼の赫子を体ごとかわした。
そして、グルングルンと必要以上に派手な動きで回転しながら、そのまま空中で一発二発と月山の胴体に回し蹴りを打ち込んだ。それらは全てこれ以上ないくらいの美しさで月山にダメージを与えた。エクスリームマーシャルアーツ。カネキは新たな格闘技の習得をブルリと震える気持ちで悦んだ。その悦びはカネキに悪い夢のことを忘れさせた。月山は「hard!」と叫びながら5メートル程吹っ飛んだ。
カネキはどんどん強くなるが、その強さを自覚できる瞬間はやはり嬉しいものだ。新しい技を習得出来た日などは鼻歌だって歌いたくなる。



結局その後、月山とねっとりねっちりと稽古をつけてから、カネキは夢のことなど忘れた上機嫌でシャワーを浴び、万丈やヒナミ達が憩いの時間を過ごすリビングへと足を運んだ。
ソファに座るヒナミは一冊の本を読んでいた。ヒナミは幼いながらも結構な読書家だった。今は亡き彼女の母がよく本を読んでいたからだという話を聞かされた時は、なんだか自分と重なる部分を見つけてヒナミに対する親近感がより一層強まった気さえしたものだと既に懐かしい気持ちで思い出す。
今日はどんな本を読んでいるのだろうかと、カネキはヒナミの隣に腰掛け、「ヒナミちゃん、何読んでるの?」と微笑みながら声をかける。
ヒナミは楽しそうに顔を上げ、カネキに本の表紙を見せた。

「夢占いだよ!」
「夢占い?」

カネキは少し意外だった。てっきり小説を読んでいるのだと思っていたからだ。
二人の会話が耳に入ったのか、テレビを見ていた万丈が振り返り、口を開く。

「ヒナちゃん、この前やってた特番見てから占いに興味持ったみたいだったから、俺が昔読んでた本、貸してやったんだ」
「え、これ万丈さんの私物ですか?」
「カネキさん、万丈さんこれで占いとかめっちゃ気にするタイプなんですよ」
「おまじないの本とかも持ってましたよ。リゼさんと出会ってから、本屋で見かける度に買ってたんすよ」

他でもない部下によって明かされる万丈のヒロイン力。「お、お前らいらないこと言うな!」とあわあわする万丈をアハハと笑うイチミジロサンテの声を聞きながら、カネキの意識はヒナミの持つ夢占いの本へと確かに向かっていた。

「ヒナミちゃんも夢占いしてたの?」
「うん! 昨日ヒナミ、宇宙人の夢みたの! それって、ヒナミは元気な証拠なんだよ、って意味なんだって!」
「へえ……そうなんだ。なんか面白いね」

その話を聞いて、カネキはふいに自分の夢を占ってみたくなった。
それは殆ど衝動だった。
しかし、ヒナミに「月山が燃やされて煙になる」夢の話なんて、あまりしたいとは思えなかった。ヒナミはこのアジトのメンバーの中でも、それなりに月山を好意的に見てくれる唯一の存在だったからだ。
そうしてカネキは、皆と共にテレビなんかを見ながら休息の時間を過ごしつつ、やがて誰ともなく眠りにつくため寝室へと向かい始めた時になって、ヒナミに「その本、今晩貸してくれないかな」とお願いした。
ヒナミは勿論、嫌な顔ひとつせずに本を貸してくれた。本は万丈の私物であったので一応また貸しという形になったのだろうが、貸し出す相手がカネキである以上、万丈は何の文句も言ったりしないはずだし、ヒナミにも無意識の内にそれが分かっていたからこそ迷いなく本を貸してくれたのだろう。


そしてカネキは、一人の自室で夢占いの本を捲る。
調べるものは勿論、ラーメンを食べる夢ではなく、誰かが火葬される夢を見た時の暗示である。
パラパラと本をめくり、やがて目的の項へと辿り着いたカネキは、羅列される文字を見て、一瞬、言葉を失った。

火葬の夢に含まれる意味。
他人が火葬されるシチュエーションであるならば、ミスを連発するという暗示。
そして……「身内」が火葬される場合は、技能のアップを暗示しているのだという旨の文章が、カネキの感情など慮ることもせず、ただ事務的にそこに並んでいた。

今日の月山との稽古のことを思い出す。
エクストリームマーシャルアーツ。新しい技。技能のアップの暗示。

身内。

カネキは、自らの関与しないところで、勝手に月山を懐の中に入れているのだということを暗に示されている気がして、今にもその本を破いて窓から捨ててしまいたくなった。
しかし、カネキがそんなことを出来るはずもなく、借りたそれを明日にはヒナミに返すために、枕元へとそっと置いた。
寝台に横になるカネキは、自分が月山をどう思っているのか、という考えを巡らせながら、あの冬の火葬場の映像を思い出そうとする。しかし、カネキのみた映像はあくまで夢でしかなかったので、その景気は既に蜃気楼の向こう側に漂う幻のように遠ざかり、カネキの手ではつかめない程遠くへ行ってしまっていたのであった。
だけどカネキは覚えている。自分を食べるために自分に尽す月山という男が煙になったあの景色の中で、それを悲しいと思った自分がいたことを。
自分にとっての月山は何なのだろう。そのことを、カネキはずっと考えていた。自分の脳で。確かな答えを出すために。
それを勝手に夢なんかが答えてしまうのは卑怯だ。あんまりだ。夢は夢でしかなくても夢の及ぼす影響の大きさをカネキは身に染みて知ってしまった。
月山と距離を保たなければいけないはずの自分が月山を身内という括りに入れたいと願ってしまっている。そのことはカネキの精神をひどく疲弊させた。
こんな思いをどうして抱えなくてはいけないのか。カネキはひどく疲れていた。だからもう、眠ってしまうのが一番だと思った。
今日こそは火葬され煙になるような月山の夢を見たくないと願いながら、カネキはそっと目を閉じた。例え土や食い物になるような月山の夢を見たとしても、夢占いの本はもう読まないと決めた。そうして再び夜は巡るのだ。




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オレンジ



※みんな人間って設定でヒデ視点月カネ



カネキという友人がいた。いや、過去形なのはおかしい。カネキとは今でも友人だ。幼いころに父親を亡くし間もなくして母親にも先立たれ、母の死のそもそもの原因となった叔母に引き取られそこでも空気のような扱いを受け学校では本ばかり読んで浮いていたというなかなかにヘビィな人生を歩んできたカネキは、俺の大切な友人だった。あっまた過去形に。まあいい。ていうかそれもこれも今の俺とカネキの距離が物理的に離れてしまっているのが原因なんだと思うんだ。間違いない。
俺はカネキの幼馴染としていつもあいつの傍にいた。家族を亡くし叔母の家で孤独と隣り合わせだったあいつを少しでも守ることが出来ればいいといつだって思っていた。俺はカネキの手を取りどんな場所にだってカネキを連れていけると信じていた。俺たちは無二の親友であり幼馴染であり、だけど恋人同士ではなかった。何故ならカネキは男だったからだ。俺の恋愛対象は女性以外にありえなかったがカネキに対しては恋愛以上の友愛を持って接しているつもりだった。だが仮にカネキが女の子であれば俺はカネキと結婚していたに違いないとぼんやりとだが確信的に思っていた。家族を失い悲しい家庭環境で生きて来た幼馴染と新たな家庭を築いていくのだ。なんとも物語的な話だと思うしそれ以外の選択肢は見つからない気さえした。そうしないのはカネキが男だからである。俺同様に、カネキも女の子が好きだった。少なくとも俺はそう信じていた。カネキは女子ではなく男だったから、俺と家庭を作ったりせずに自分の好きになった異性と何年かの交際の末に金木の苗字で新しい家族を作るのだ。かつてのトラウマを忘れてしまえるくらい幸せな家庭を。それが男同士に生まれた俺たちのあるべき姿に違いないしカネキが女であれば結婚していたと確信する俺の気持ちに愛だの恋だのといった感情は一切含まれていない。これはカネキが男であることを自覚しているが故に想像できる妄想なのだ。俺の目的はカネキの幸福だった。カネキの幸福のためには無償の愛に満ちているはずの家庭という空間が必要だと思っていた。カネキが女であれば俺は友愛という観点からそれを自分自身で与えてやりたいと男であるカネキを見ながらそう思う。そうだカネキは男であるので俺とは無関係の別ルートで幸せの家庭を手に入れる。お互いがそれぞれの道を歩もうとも俺とカネキは永遠に友達だし夏には二夫婦と小さい子供たちで一台の車を借りてどこか遠くに旅行に行ったりしてもいい。カネキは家庭を手に入れて当然のように幸せになるべきだ。俺はそんな未来を信じていたし疑いもしなかった。
それでもカネキは俺の手を離して遠くへ行ってしまった。
カネキは現在、遠い遠いフランスの空の下にいる。



卒業を今年度のケツに控えた俺はというと現在就職活動もせずに毎日ぶらぶらぼんやり駅前のローソンで昼飯を買って気が向いたら大学に行ってみたりしてカネキの面影を探したりしていたがカネキが見つかるはずもなく何だかんだで時は流れて夕方になったらその辺の店でたい焼きなんかを買って小腹を満たしていたら今年の春に同じ大学を卒業した先輩の西尾さんとばったり遭遇したりする。西尾さんは明るい髪こそそのままではあるがシャツの一番上のボタンまでピッチリしめてネクタイを装備しリクルートスーツに身を包み完全に社会人の風貌で俺に向かって「永近じゃねぇか」と右手を上げて近付いて来る。俺は軽く会釈して「ども」ともぐもぐ呟いた。口内にはたい焼き。西尾さんが「失礼な後輩だな」と呆れたように笑っている。

「西尾さん、仕事どうすか」

中小企業の営業部に滑り込んだ西尾さんに俺は問う。西尾さんは「ぼちぼち」という曖昧な返事だけを返して「お前こそ就活どうなんだよ」という質問によって俺の話を終わらせた。西尾さんを照らす夕日はいつも以上に赤かった気がするけれどそれは俺の気のせいかもしれないし、とりあえず俺は西尾さんを馬鹿にするつもりなど毛頭ない心で「ぼちぼちです」と同じ言葉を返した。西尾さんは複雑な顔をした。俺はそんな西尾さんを見て意味もなく「食います?」と食べかけのたい焼きを渡してみた。殴られるかなと思ったけれど西尾さんは素直にそれを受け取って口に含んだから驚いた。
たい焼きを咀嚼しながら西尾さんは俺に「ぼちぼちっても、どっか受けたりはしてんじゃねぇの? 手ごたえは?」という質問をもごもご投げかけて来たから俺は正直に「まだどこも」と答えた。西尾さんは僅かに語気を荒くしながら、

「何スカしてんだよ。ちゃんと就職して結婚しなきゃいけねぇんだぞ。しっかりしろよ」

なんて文庫版オレンジ・アンド・タールの解説で若林正恭の友人が言ってたことをコピー&ペーストしたような台詞を飛ばしてくるもんだから俺は思わず笑いそうになってしまうが彼は至って真面目に俺に対してそんなセリフを投げかけてくれているのだということが理解できない程バカではないので「そうっすね〜」とヘラリと笑って受け流す。
しかし西尾さんも丸くなったものだ。かつて喧嘩に明け暮れタイマンを希望してきた挑戦者の耳たぶを思い切り食いちぎってグミみたいにモグモグと咀嚼した後に「まじい!!!」と飲み込んだ伝説を持つ男と同一人物とはとてもではないが思えない。しかし彼を変えたのはきっと恋だの愛だのそういう感情だということは分かっていた。
大切な女が出来たとかジャパンのラップの歌詞みたいなことを言って西尾さんは喧嘩を止めた。暴力を止めた。そうして彼はリクルートスーツに身を包み就活を始めたのだ。
今春に西尾夫妻は親しい友人だけを集めた結婚式を行ったのだが、それに呼ばれたはずのカネキはやはり現れなかった。

「カネキの野郎、元気?」

そんなことを考えていると絶妙なタイミングでカネキの話をされたから俺は一瞬言葉に詰まりそうになるけれどそこはいつもの笑顔で「うーん、俺にもよく分からないです」と答えた。
カネキと西尾さんは同じ大学の生徒でもあったが同時に同じカフェでバイトをしている仲間でもあった。彼らの出会いは俺によって引き起こされたものだがそこからの関係は勝手にバイト仲間として育まれたものだったので俺は然程彼らの関係について詳しく知っているわけではなかったが、少なくとも親しい友人だけを招いた結婚式に招待状を出すくらいには親しいものであるようだった。ふーんと俺は思った。

「そっか。しっかし驚いたな、マジで」
「そうっすね」

俺は曖昧な返事しか出来なかったが西尾さんはあまり気にしている様子ではなかった。しばらく世間話をしてから「それじゃあ俺、会社戻るから」と西尾さんは既に夕焼けが沁みる世界の中で自分の会社へ戻って行った。大変だなあとか適当なことを思いながら、俺はカネキのことを思い出す。
カネキ。大学卒業を待たずにフランスの空の下へと行ってしまった俺の親友カネキ。
金木研は幼いころに父親を亡くし間もなくして母親にも先立たれ、母の死のそもそもの原因となった叔母に引き取られそこでも空気のような扱いを受け学校では本ばかり読んで浮いていたというなかなかにヘビィな人生を歩んできた上に、大学に入ってから別の大学の男にストーカーをされるようになった。両親との死別。虐待まがいの孤立。理解者のいない環境。加えてストーカー被害。とんでもない人生だと他人事というか親友事ながらに思う。
しかしとんでもない事態はそれだけでは終わらない。
どうトチ狂ってしまったのかカネキは自分をストーカーしていた男と結婚するために、大学卒業を待たずにストーカーと共にフランスへと飛んだ。そこから先は連絡さえも取れなかったが一度だけ来た手紙にはこう書かれていた。「僕達結婚しました」手紙にはウエディングドレスに身を纏ったカネキと、燕尾服を着こなすストーカー男の姿が写った写真が同封されていた。俺は言葉を失った。一か月ぐらいは放心していたし何度フランスへ押しかけようと思ったかは分からない。しかし俺の行動力は俺をフランスへと旅立たせる程の力を持っていなかった。俺は黙ってカネキの行動を受け入れたような顔で残りの大学生活を送ることしか出来なかった。
父親、そして母親に先立たれ、叔母一家に無視され、そしてストーカーと結婚し国外へと逃亡する。
なんてロックでファンキーでヘビメタでゴスロリでロキノンなカネキの人生。俺はカネキのことを思い出すたびに呆然と空を見上げる。大人しいカネキがストーカーとの結婚のために国外へ飛ぶ。世の中想像も出来ない未来の連続だ。
俺はカネキのストーカー男のことを詳しく知っているわけではない。しかしストーカーはカネキに対していつでもマジの愛をぶつけてきていた気がする。俺はというとカネキへの感情を完全に友愛だと自覚していた。カネキが女の子であれば結婚するに違いないという夢想のような確信はストーカー男の前では完全に無意味な発想であった。何故なら俺はカネキが男である時点でカネキと結婚し俺の力であいつに家庭を与えてやることなど想定してもいなかったわけで、つまり俺はカネキという存在を無意識の内に仕分けしていた。友愛、恋愛、その他もろもろ。そういう感情の仕分け。しかしストーカー男は違った。あいつにとってカネキに向ける感情の全ては友愛だとか親愛だとか恋愛だとかいう言葉とは最早無縁のものだった。ストーカーにとってカネキはカネキでしかなかった。あいつはカネキ越しに愛だの恋だの友愛だの親愛だの恋愛だのというカテゴライズされた感情を求めていたわけではない。あいつは完全に「カネキ」という概念を欲していた。カネキそのものを欲していた。そこから生まれる感情などは二の次だった。
そんなストーカーの態度にカネキは折れた。結婚した。あいつと共にある世界を選んだ。フランスで同性結婚をした。それだけだ。ストーカー男は全てにおいてフリーダムだった。俺はフリーダムにはなり切れなかった。男だ女だのなんだのを無意識の内に線引きのためのバランに使っていた。それが俺とストーカーとの違いだった。
カネキは自分だけを求めてくれる無償の愛を望んでいたのかもしれない。カネキの中でそれは「愛」にカテゴライズされていただろう。それでも俺はカネキの中の優先順位として俺がストーカーよりも下にいるとは思わないし実際下にはいないだろう。
ストーカーと結婚したカネキ。俺がもしも、カネキに結婚しようと言っていたら何か未来は変わったのだろうか。それでも俺はカネキに結婚しようなんて言ったりするはずがなかったし、やはり俺は俺でしかなくてストーカー男になれはしないしなろうとも思わない。全てはこれで良かったのだと思う。俺は可愛い彼女を見つけていずれ結婚するだろう。その時、空想の中のカネキ夫妻と夏の旅行に一緒に行けないことだけが少しだけ残念だと思った。



正月、俺の家の郵便受けにはカネキから送られてきた年賀状が投函される。ストーカーと楽しそうに笑いながら並んでいるカネキの写真。そして、「あけましておめでとう」という印刷文字の下には、カネキの手書きの文字で「既に離婚したい(笑)」という言葉が添えられていた。年賀状から思い浮かべられるカネキの姿はそれなりに幸せそうだったしこれからも幸せであればいいと思った。本当に、心から。







 

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